- ホーム
- ›
- REPORT-レポート
- ›
- 11/8 日韓国交正常化60周年記念事業トークイベント〈絵本で知る 韓国のいま・むかし〉
REPORT-レポート
11/8 日韓国交正常化60周年記念事業トークイベント〈絵本で知る 韓国のいま・むかし〉
11月8日(土)に絵本専門士の森岡由紀子さんをお招きして〈絵本で知る 韓国のいま・むかし〉と題し、トークイベントを開催しました。本イベントに先駆け、森岡さんの韓国絵本コレクション展も開催しました。両イベントは、日韓国交正常化60周年記念事業として認定を受けて実施したものです。森岡さんの韓国愛に溢れ、ユーモアに溢れるお話の一部をご紹介します。
はじめに
こんにちは。恵那から来ました森岡由紀子と申します。ただ韓国が好きで旅行をしたり、興味を持って本を収集したりしているうちに、本が増えていき、それを活かすために、絵本の展示を続けてきました。まずは、私がどうして韓国絵本をコレクションするようになったのか、個人的な話をさせていただきたいと思います。
お弁当箱から始まった韓国絵本との出会い私は、恵那市立図書館の司書でした。以前の市立図書館は、あんまり先進性のない図書館で、それを打開するために、月に1回、市民の方の作品を展示していました。そのうちに自分でもやってみようと思い、2001年に「世界のお弁当展」を企画しました。 もともと、町にはお弁当箱工場があり、さらに、地歌舞伎という伝統芸能が大変盛んな地域ですので、芝居弁当箱というものもありました。旧家からそれをお借りすることもできるということで、展示しようと思いました。
さかのぼると、高校の歴史で最初に習った“白村江の戦い”に赴いた兵士たちはどういう食事をしたのだろうか、その後の遣隋使や遣唐使も、どんなものを食べていたのだろう、その携帯食はどんなものだろう。そういうことに興味があったことを思い起こし、調べました。そこから波及して、世界の人はどんな昼食を食べているのか、当時普及し始めたネットの力を借りて、話を聞いた時に、お隣の韓国のことは、当時情報が少なかったったし関心を向けていなかったこともあり何も知らずにいました。韓国の人たちは、どんなお昼ご飯なのか、どんな暮らしなのかと興味を持ちました。すると、ネットで弁当は日本と同じようなものだというお返事がいろいろありました。ソウルに住んでいる日本人がやり取りする言葉の中に、「運動会やハイキングに行ったりする時の、お弁当のキンパには黄色いたくあんが添えてある」と話題になりで盛り上がったことがありました。
韓国絵本 第二世代
お弁当の展示をして、その時に韓国の絵本も調べていくと「韓国にはこんないい絵本があるんだ」と気がついたのが、この『マンヒのいえ』(韓1995/日1998)と『ソリちゃんのチュソク』(韓1995/日2002)でした。『ソリちゃんのチュソク』は、青少年読書感想文コンクールの課題図書になった初の韓国絵本。迅速な選定も含めて話題になりました。『マンヒのいえ』の造本・見返しの巧みさに絵本作りの仕掛けみたいなものが詰まっていることや、丁寧に描かれた暮らしぶりにも、新鮮な驚きを覚えました。絵本の最後のページに間取りがありまして、主人公ではなく、作者のクォン・ユンドクさんが、ここで這いつくばって描いています。すごく親近感も持ちましたし、すごい人だと思いました。それで「韓国絵本はというのは、これは何かある」と思い、興味を持って見るようになりました。当時、インターネットはあっても、今みたいにネット通販はあまりなく、情報もなく韓国絵本の入手方法がわかりませんでした。そこで、日本の版元のセーラー出版に尋ね、国際子ども図書館開館記念として「オリニの世界から 韓国絵本原画展」が開催されたことを知りました。そして、国際子ども図書館から、その時の紹介された絵本作家17人の絵本情報を得ました。
2002年には日韓W杯開催もあり機運も高まるので、その時に韓国の絵本を展示しようと思いましたが予算が取れませんでした。それで「もうしょうがない。もう自分の楽しみとして、あの本を買いに行こう」となりました。知人の伝を頼り、会ったこともない人にお願いし、ファックスでリストを送って、現地の人に買揃えておいてもらい、2002年のGWに初めて韓国へ行きました。韓国語がまったくわからないのに。その本を頼まれた人が、ホテルに届けに来てくれて代金を支払いました。お互い共通の言葉を持ち合わせていなく、ジェスチャーをしたりとか、ホテルの人に頼んだりして、コミュニケーションを取りました。でもそれがものすごく面白くて、初めての感覚で、また行こうとなりました。
こうして私と韓国絵本との第一歩を踏み出しました。その後のコレクションを構成するのにも、最初に国際子ども図書館からいただいた厳選した情報が良く、質の高い本が選ばれていたので、ありがたかったです。クォン・ユンドクさんは、『マンヒのいえ』の出版後、すごい人気者になっていましたが、自分は実力もないのに、こんなにもてはやされていることに危機感を持ち、2年間ぐらい中国へ行って、東洋画を学ばれました。自分の癒しになる絵本や、済州島のわらべ歌など、いろいろ出されています。
韓国の初期の絵描きさんたちは、韓紙(ハンジ…ミツマタ楮を使用した手漉き紙)を使用している人が多いです。韓紙に膠(にかわ・・・糊のようなもの)を塗って、その上から筆で描いています。本当にあの大変な仕事で、動画なんかでも、今その仕事ぶりを見られるようなところもありますけれども、本当に丁寧な仕事ぶりです。絵本としてどのくらい美しいものにするか、子どもたちに見せられるものにするか、ということに専念されました。きちんと伝えていく責任があると思われて絵本を作り続けていらっしゃるので、エネルギッシュな人だなと思っています。
1960年生まれが活躍
レジュメに“1960年生まれ”と書いてあります。「60・80・40」というのが当時言われましたが、1960年に生まれて、1980年に20歳で、民主化運動に巻き込まれ、40歳で、ちょうど働き盛りになる。そして子どもがいるから、子どものために絵を描く。それが、ある程度、韓国社会が豊かになり、余裕が生まれ、子どもたちに絵本を見せようという機運が高まってきた時期です。そのような理由で、1960年に生まれたという人たちが活躍の場を、絵本に見出していきました。クォン・ユンドクさんも、『ソリちゃんのチュソク』のイ・オクベさんも1960年生まれです。
絵本専門店「チョバン」開店
1990年、韓国で初めての絵本専門店「チョバン」が開店します。シン・ギョンスクさんは、ご主人のお仕事の関係で、アメリカへ滞在されているときに、ちょうど双子が生まれて、子どものために絵本を購入したそうです。そして「こんなにいいものがあるんだ」「絵本の世界ってすごい」と思い、ソウルへ戻られてから絵本専門店を立ち上げました。そして、絵本についての情報発信や編集者として能力を発揮していきます。そのうちに、チョバン出版社も設立して、そこからいろいろな本が出版されています。私は、2004年頃、たまたま語学雑誌にチョバンが取り上げられていたのを見て、1カ月後には訪れていました。
韓国創作絵本の黎明期
さまざまな歴史があり、1988年にソウルオリンピックが開催され、民主化宣言もあり、そこから絵本に力が注がれていきます。民主化後、最初に話題になった絵本が『山になった巨人 白頭山ものがたり』』(韓1988/日1990)です。これは民話や神話に近いような物語です。それをリュウ・チェスウさんが豪快に描いて認知され、韓国絵本の本格的なスタートとなります。それまでは家庭へのセット販売が多く、市販で売られている本は少なかったです。1985年くらいまでは、翻訳作品が出版されていましたが、創作絵本は全く出ていませんでした。それならば、自分たちで新しい絵本を制作するという機運が、ようやく高まってきました。
韓国の創作絵本のスタートは、福音館書店の故・松居直さんの尽力が、非常に大きかったです。『山になった巨人』も、松居さんは原画や、韓国の初版もご覧になって、「もったいない。こんないい話なら、日本の印刷技術で、もっといい編集で、出版できるから」と言って、福音館書店で出し直しました。すごい力がある作家を後押ししたのは松居直さんなのです。それ以前にもリュウ・チェスウさんは、1984 年に日本でアジアの出版関係者を支援するユネスコ・アジア日本センター主催のワークショップに参加しました。講師の田島征三さんが「これからもっと話し合いましょう」ということになったら、残ったのがリュウ・チェスウさんお一人だけだったそうです。そのぐらい気骨がある方だったのだと思います。松居さんは本当に韓国の絵本を盛り立てようっていうことで、いろんな支援をされました。
「韓国絵本100選」と出版社 チョバンの功績
これは2005年出版の「韓国絵本100選」の図録で、前年の2004年頃からボローニャ絵本原画展で韓国絵本が受賞するようになり国際的な評価が高まりました。それを受けて、フランクフルトのブックフェアでは韓国ブースを出展しました。その時に世界に打って出るために特別に編纂したのがこの「韓国の絵本100選」です。これを編集し、コーディネートしたのは、先ほど話題にした「チョバン」のシン・ギョンスクさんです。
IBBY(国際児童図書評議会)の支部は各国にあり、日本にはJBBY、韓国にはKBBYがあります。KBBYの創設者はそのシン・ジョンスクさんで、今年ちょうど30周年を迎えました。この夏、IBBYとKBBYが催すイベントが韓国で開催され、現地参加してきました。中にはシン・ギョンスクさんの功績を収めたブースもありました。彼女はご病気で亡くなられており、今はお店が、娘さんたちが週に二日だけ開店するという営業スタイルです。
シン・ドンジュンさんの『地下鉄がやってくる』というアーティスティックな絵本もチョバンから出版されています。2004年ボローニャ絵本原画展で、ボローニャ・ラガッツィ賞ノンフィクション部門を受賞しています。登場する人の形が、全て地下鉄の切符です。実はこれはサイン本で、チョバンのお店で購入しました。チョバンは出版や販売だけでなく、若い作家を育てる場所でもありました。ちょうどその場に、作者のシン・ドンジュンさんがいらして「サインしてあげなさいよ」と声をかけてくださり、手にすることができました。
布張り絵本『ひときれ ふたきれ みきれ』ですが、幼い子に数字の概念を教える知育的な絵本だと思います。韓国のパッチワークの“ポシャギ”のようになっていて、数字と色と布の種類が書かれています。全て違う布で、その布と色とを含めて子どもたちに差し出すという素晴らしい作りです。
シン・ギョンスクさんは、伝統的な文化を伝える作品が多かったので、これまで携わってきた作家たちが彼女を偲んで一冊の本を作りました。非売品ですが、こちらも布張りで、先ほどの『ひときれ ふたきれ みきれ』のような装丁で、丁寧な作りで、贅沢だなと感じました。
イ・ヨンギョン
イ・ヨンギョンさんの『よじはん よじはん』は、日本でも人気の作品です。彼女は幼い頃、お父さんの仕事の関係で4歳から3年間を日本の秋田で過ごしました。当時、韓国には創作絵本がありませんでしたが、日本の幼稚園に通っていたことで、たくさんの絵本にふれ、自分は絵本作家になるのだと思っていたそうです。実際に、早い段階でデビューしています。『あかてぬぐいのおくさんと7にんのなかま』は、韓紙に筆で描くという手法ですが、ほんとうに美しくて、作りも素晴らしいです。落ち着いた色合いだったり、懐かしさを感じたりしたのは、韓紙に筆で描くことで生まれる、和紙と共通した魅力として感じられるのではないかと私は思います。
私の好きな『エヘヤデヤ~12か月の餅つき歌』は、“餅”という食文化を子どもたちに教えるための絵本で、教育的要素もありますが、毎月の餅つき歌とを紹介しています。翻訳されている『ふしぎな かけじく』は、韓国の古典小説『田禹治伝』をもとに作られました。私は市場が登場する絵本を探していた時に知ったのですが、朝鮮時代の市というのは「良いこと悪いこと、何が起きても、その日が“市の日”だったら、それは仕方がない」という言葉があったそうです。『ふしぎなかけじく』の市の場面は、まさにその時代のその意味を感じさせるので面白いのです。
韓国絵本の牽引役「ペク・ヒナ」と「スージー・リー」
今をときめくペク・ヒナさんとスージー・リーさんは、2005年の「韓国絵本100選」にも選出されるほど力のある作家でした。
ペク・ヒナさんのデビュー作『ふわふわくもパン』は、2005年ボローニャ国際絵本原画展で入賞しています。今から20年前の出版ながら、現在の活躍を彷彿とさせるような作品です。そして、2020年にアストリッド・リンドグレーン記念文学賞を受賞しました。スージー・リーさんのデビュー作は『どうぶつえん』で、絵本の中の仕組みみたいなものを熟知した作り方をされ、2022年に国際アンデルセン賞画家賞を受賞されています。2人とも韓国の絵本界の牽引役となっています。
ペク・ヒナさんは『あめだま』でリンドクレー賞を受賞し、その前日譚として『ぼくは犬や』が出版され、昨年は『あめだまの作り方』という本が韓国で出版されました。『あめだま』のスピンオフですね。どの作品も自分の家族のこととか、その時の女性の生き方であるとか、そういうことに考えを深めて、そして応援したいっていう気持ちがあって作られた本たちです。
最初に出版された蛇腹絵本の『きのうの夕方』という絵本があります。この作品が出て20年くらい経ってから、『Happy Birthday』という、このシマウマを主人公にした絵本が出ました。このように連動している作品もあります。
一方のスージー・リーさんは、大変試験的なことを好んでされる方だと思います。それが、ただ自分の喜びだけではなく、社会にどう影響するかということも考えていらっしゃると思います。
蛇腹絵本『水になる夢』は、韓国絵本としては珍しくカバーがあります。それは、主人公が水に入るために服を脱ぐという趣向でカバーをつけたそうです。この男の子、体の不自由な子なので、水の中に入るといろんなものから解放される。脚が悪くても、どうしたら自由が得られるかというメッセージも込められています。この裏には、五線譜が描かれています。そしてQRコードもあり、この曲が流れます。それをBGMに絵本を見るという仕組みです。スージー・リーさんは、絵と音楽を組み合わせた表現を様々していらっしゃいますが、この作品は画期的なものだと私は思っています。
その進化系として、『夏がきた』という作品があります。コンサートが始まる。オーケストラがヴィヴァルディの「四季 夏」を演奏すると、そこから子どもたちの夏が始まるというストーリーです。楽章ごとに展開されていきます。これも音楽が聴けるようになっています。先ほどもお話しましたが、韓国の絵本は、基本的にカバーを使いませんが、この本にもカバーがあり、この裏がポスターになっています。そして「concerto2」と書かれています。こんなようなたくらみがカバーに隠れていて、絵本のカバーに可能性を感じました。
本当にスージー・リーさんの世界って広いなと思います。今年、韓国のイベントで見た作品は、古い絵に、虫食いの穴が開いているのを見て、それから着想したものでした。表紙に穴を開けた絵本『三日浦の雪』です。中の絵ですが、穴のところは雪になっていて、ページを送るごとに雪景色になってゆくという趣向です。韓国での夏のイベントで紹介された時には、アニメを上映しながら、韓国の古典楽器の演奏者たちが生演奏をしました。彼女はアニメーションを学んでいるので、これが動いたらどうなるかということを念頭に置いて、絵本を作る姿勢が素晴らしいと思います。
『すいかのプール』と多様性
皆さんよくご存知の『すいかのプール』ですが、30万部の記念としてある時期だけこのカバーがつきました。このカバーに車椅子の男の子がいますが、この場面は絵本にはありません。だから多様性を推奨する社会になったということで、急にこれを描いたのかと、ちょっと懐疑的に思いました。けれども、きちんと絵本を見ていくと、ちゃんとこの本の中にこの車椅子の男の子が出ていたのです。それを確認して、私たちは本当に絵本のどこを見ているのだろうかと思うほど、いい加減な見方をしていると気づかされます。普段カバーがないからこそ、カバーの使い方が上手だなと思います。日本はカバーがあるのが当たり前なので、カバーで何か表現していることはないのですけれどもね。
若手支援とバカンスプロジェクト
スージー・リーさんは、自分の仲間や若い人を集めて、編集者、出版社とのやり取りの中で、描きたかったものを削られてしまい、やる気や発想が小さくなってしまうことを防ぐためにも、やりたいことを表現できるような場を作ろうということで、バカンスプロジェクトを立ち上げました。年に一度開催されるブックフェアのブースで、手作りの本を出展するグループを作っています。チャレンジの場が確保されて、若手が新しい本を作っていけるような環境作りに、スージー・リーさん注力されています。
私の大好きな蛇腹絵本の『日陰を買った若者』です。これは昔ばなしをもとにしていて福音館書店の『こかげにごろり』と同じお話しです。ある村に旅人がやって来ます。日陰ができていて、村の人たちはそこで昼寝したりして休んでいますが、そこに地主が現れて「これはうち木陰だから休んではいけない」と言います。そこで若い旅人が、「日陰だけ買わしてくれ」と言い、地主は金に釣られて、「ああ、売ってやる」と言って帰って行きます。けれども、徐々に陽が伸びて、この地主の家まで伸び、この日陰は自分たちのものだからと地主の家に入り込んで大騒ぎして、みんなのものになったという内容です。この蛇腹絵本はものすごくデザイン的で、これはこんな素敵な絵本作りをするのかと驚きました。これもバカンスプロジェクトから生まれた本です。全部が全部、市販されてはいませんが、試作の反響をリサーチする機会にもなっているので、若手作家のいい経験の場所になっているのだと思います。
蛇腹絵本が好きなので、もう一冊『おうちへ』を紹介します。これは女の子が、友達の家に一人で出かけて行くお話です。裏面では昼に歩いた同じ道を帰るのですが、夜になると昼間に出てきたものが、何かに変わっているのです。その子どもの恐れやワクワクした気持ちが、暗くなったことによって、影がいろんなものに変化して、魔法にかかったような時間を歩いていくというのを表現した蛇腹絵本です。本当に蛇腹ならではの良さが現れている本なので、後で手に取ってみてください。
『かあさん まだかな』の再評価
キム・ドンソンさんについてはお話させてください。『かあさん まだかな』という有名な本があります。私はもう20年ちょっと韓国絵本に関わっています。この絵本は長いこと苦手な本でした。理由は、可哀想すぎるから。内容は、市電に乗って用事で出かけたお母さんをただただ待つお話です。舞台は1930年代ぐらいと言われているので、子どもに対する社会の目は、そんなに暖かくはない時代です。だから声をかけることもなく、追い出すような感じで、徐々に日が暮れる。やがて雪が降り始め、鼻が赤くなってしまう、お母さんが帰って来たという文章はどこにもないのです。「なんて可哀想な絵本を作るんだ」と腹立たしくなりました。『チェクボ』を描くような人が、どうしてこんなお話を描いたのかと不思議に思いました。
こちらの絵本『いなかネズミのソウル旅行』の作者は、「児童・こども」という言葉「オリニ」という言葉を定着させた人、パン・ジョンファンという方の童話を絵本にしたものです。当時の雰囲気を丁寧に表して、こんなに素晴らしい絵が描ける方なのかと調べていくと、画家のキム・ドンソンさんはあの『かあさん まだかな』の方だと気づきました。いろいろ否定的に感じていましたが、それでも少し調べてみようと思い、ネットでこの絵本のプロモーション動画を見ました。最後の場面が拡大され、男の子が赤い何かを持っていることが映し出されていて大変驚きました。この絵本を最初に見た時には、ここに親子が描かれていることに気づきませんでした。絵本の文章には、「帰って来た」とは何も書いていません。
この『かあさん まだかな』は、文章はイ・テジュンさんが書いています。この方は越北作家(朝鮮戦争後、北朝鮮に渡った作家)で、当時、越北作家たちの作品は、韓国の方では発禁状態になってしまいました。それが1988年、89年頃から越北作家のものを解禁しようということになりました。この絵本は、イ・テジュンさんの詩のような作品で作られたと知り、自分の早合点を悔やみました。お蔵入りしていたこの作品を、どうにかして日の目を見せてあげたいと絵本になったわけですが、やはりご本人が残した文の中には、母親が帰ってきたとは一つも書いてありません。本の文章だけだと、私のように読み手は受け止められないことが多いでしょう。元の作家は、消息不明で生死もわかりませんし、問い合わせる術はないですけれどね。だからこそ絵本の中でこうあってほしいというものを想像でしか過ぎないけれども描いたわけです。韓国の絵本というものも、韓国の歴史に随分と左右されながら作られているのだなということを知りました。
絵本から知る韓国
トッケビを描かせたら右に出る者はいないといわれるハン・ビョンホさんですけれども、この『うしとトッケビ』はイ・サンという方の文章にハン・ビョンホが絵をつけています。イ・サンは韓国ではイ・サン文学賞というものもあるほど大変有名な文学者です。けれども、この作品は子ども向けに書いた唯一のものです。韓国国内でも何を書いているのかわからないと言われるぐらい難解な作家だそうです。こういったように、絵本を通じて韓国の文学を知ったり、韓国の歴史を知ったり、それから韓国の人たちが考えていることの一端を知る機会が、私にとってはものすごくありました。そういうことに押され押されて韓国通いがやめられないのではないかと思います。
今日はまとまらない話で申し訳ありませんでしたが、何よりも絵本を見てもらう方がいいと思いますので、この後、ぜひ手に取ってご覧ください。本日はありがとうございました。



